院長紹介

「やっと治りました、ありがとう」。なかなか虫歯が治らずに、当院を訪れた患者さんにそういわれるのが最も幸せな瞬間です。

新しく当院を訪れる患者さんは、他院からの転院がほとんどです。特に色々な歯科にかかったものの治りきらず、ご紹介で当院をお知りになった患者さんが多いのが特徴です。

そんな困り果てたすえに当院を訪れた患者さんに「やっと治りました、ありがとう」といわれる瞬間が、最も患者さんにお役に立てたことを実感することができ、最も嬉しい瞬間なのです。

江戸の時代から続く、歯科治療の家系

院長:堀良之

院長の堀良之は1965年1月、5代150年以上続く歯科医師の家庭に生まれました。日本では数少ない江戸時代から続く歯科の家系。父祖はもちろん、兄弟も歯科医という生粋の歯医者の一族です。日本には、茶道の千家などに代表される家の道を継ぐ家系が存在します。堀歯科医院もそんな道を継ぐ家系の一つなのです。

医の本分に尽くすこと。堀家では、歯科の家系に続く医療者としての責任と考え方が自然と身につくように、幼い頃からしつけられます。人との接し方、話の聴き方、相手の考えを汲み取る力、安心させる空気作り。人の生命を保ち、人の病気を治し、人の病の苦しみを解消する医療者としての姿が求められます。

大伯父・堀貞治郎が明治28年、日本で最初の歯科医学校である高山歯科医学院(現東京歯科大学)を卒業し開業する際に出した開業広告。

人に優しく誠実であること。あくまで自然であること。医者になるはるか以前から人間としても優しく誠実であるよう教育されてきています。江戸時代から歯科治療を見つめ続けてきた、歯の一族の考え方です。

堀良之と緒方洪庵

緒方洪庵(1863年没):医師、蘭学者。大坂に適塾を開いた。

「医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずということを其業の本旨とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。(医療の世界で生きて行くということは人のためだけ、自分のためではないということを医療の基本とする。安逸を望まず、名誉や利益を欲せず、ただ自分を捨てて人を救うことを求める。人の生命を保ち、人の病気を治し、人の病の苦しみを解消するコトだけであるべきだ)」

緒方洪庵は日本医学の近代化に努め、適塾を開き福沢諭吉、大鳥圭介など幕末から明治維新にかけて活躍した多くの人材を輩出しました。その適塾の「扶氏医戒之略」の遺訓の巻末には医者に対する戒めが記述されています。この部分を洪庵が12カ条に要約し門人たちの教えとしたもので、その1つ目に上のように書かれています。

院長の堀良之は、この緒方洪庵の医療に対する考え方を自身の模範とし、医院を経営し治療にあたることを自らに義務づけています。

学歴、経歴、肩書き

〈学歴・職歴〉

1990年
大阪歯科大学卒業
歯科医師国家試験合格
大阪市北区 佐古歯科医院勤務
1991年
大阪歯科大学大学院歯内治療学専攻生
1995年
堀歯科医院副院長
2000年
現堀歯科医院開業
2003年
歯学博士取得
2007年
京都府歯科医師会理事

〈所属学会〉

  • 日本保存学会会員
  • 日本歯内治療学会会員
  • 日本審美学会会員

〈その他〉

  • 大阪歯科大学口腔治療学講座非常勤講師
  • 京都文化医療専門学校講師
  • 御蔵山小学校校医
  • 大谷幼稚園園医